久しぶりに、カポを読む

カポーティ『最後の扉を閉めて』読了

映画『ティファニーで朝食を』が大好きな私。

Audrey Hepburnがなんとも可憐だし、ニューヨークの街並みもカッコよく、

相手役の小説家が、Audrey扮する奔放な女性ホリーを真剣な眼差しで見守ってゆくのを、にんまりしながら眺めつつ、クライマックス...主題歌のMoon Riverも素敵だし、これまで何回鑑賞したか、わかりません。

そこから、こんな素敵な映画の原作も読んでみたい!となって、開いたのがカポーティ作『ティファニーで朝食を』。

すったもんだありながらも、全体的にはパキっと明るい印象の映画と比べてみると、原作の小説はなんとなく暗くて、しかしその暗さがなんとも魅力的というか...

そして、小説を読めば、カポーティ自身が『ティファニーで朝食を』の主人公役に、本当はAudreyではなく、マリリン・モンローをあてたかった、というのが、(え〜、なんでAudreyじゃだめだったのよ。マリリンよりも絶対当たり役じゃん。エレガントだしスマートだし。衣装にあってるし。あのタイトなドレスとサングラス姿はAudreyだから似合うのよ。ふん!と思っていたが・・・)彼の小説を読み進めてゆけば、その指名もなんとなく理解できたのでした。

美しいながらも、闇と隣り合わせの人生を生きたマリリン・モンローという女優。カポ氏の色んな小説を読み出すと、癖のある生い立ちに加えて、そのセンシティブさゆえに、また感性の豊かさゆえに、暗闇へと溶け込んで行ってしまう人間がよく出て来るのですが、マリリンはまさに、そんな性質をもった女性、という印象があります。悲しい過去、暗い事情、しかしそれをかき消すかのようにひとを引きつける華と魅力のコントラスト。喝采のたびに広がる闇、闇が広がれば広がる程、増してゆく色気と魅力。カポーティが彼女を賞賛したのも、よく分かる気がするのでした。

 

さて、前置きが長くなってしまいましたが、そんな暗闇の魔術師的小説家、カポの短編集『夜の樹』から、『最後の扉を閉めて』という作品の感想を。

まず、この話を読み進めて行くと、個人的には、なんだか太宰治の小説を思い出しました。

いわゆる、’自己チューで最低最悪なオトコ’が主人公なのですが、彼の行動が何とも上手な「言い訳」で固められており、なんとなくするすると納得させられてしまう。もはや「これが芸術的な生き方なのでは」とすら、思わされてしまう。

こんなヤツに、ちょっと調子がまいっている時に「100円かして」と言われたら、200円かしてしまいそうな、そんな、危ないけれど魅惑的でカリスマ性のある、ろくでもない主人公。例えば親友の恋人を奪ったり、友人の悪い噂をまき散らしたり、親身になってくれた人をとことん卑怯に利用したり・・・でもすべては「弱い個人」を守るための方法として、ウマい言葉で正当化されていってしまう。

太宰の小説と同じような、「華麗なる言い訳劇場」をみせられているような気分。

そして、そんな言い訳劇場を展開しながらも、やっぱりそれを「卑怯な行為・悪い事」と認識してしまっている主人公自身がそこにはいて、結局は罪悪感から逃げられなくなっていく。その切なさ、可愛らしさ、醜さ、ざぁみろ、という感じ。

私は、悪趣味なようですが、この「華麗なる言い訳劇場」がなかなか好きなわけで、(コノヤロー、ずるいなぁ、と思いながらも)「ああこういうふうに誤摩化すのだな、うまいなあ。」と、感心しながら読み進めるわけです。

そして、そのごまかしはいわゆる手品、イリュージョンでして、エンターテイメントとして周囲の人をも魅了してしまう。そこから、駄目人間に貢いでしまう人間の心理までも、垣間見えるような気がするのです。

 

下記一節は、特に印象深かった、主人公ウォルターの対人関係について語られる部分。

 

’たとえば彼は、Xという人間が好きなのか、嫌いなのか、はっきりわからない。自分はXに好かれたいと思っているのに、Xを好きになることは出来ない。Xに対して誠実にもなれない。ほんとうのことは半分もいえない。それでいてXが自分と同じ不完全さを持つことは許せない。そんな人間ならいずれXは自分を裏切るだろうとウォルターは確信した。彼はXを怖れた。恐怖した。’

 

あぁこうやって、ある意味、人を蹴散らかしてもそこへなんとなく理由を当てはめてゆける、所謂「魔術が使える」人間も、自分からは逃れられず、恐怖へ墜ちていくのだな・・・と、思うのでした。

 

全体的にホラー調でコーティングされている本作品。エンディングまで、主人公ウォルターと共に、灰色の不安の中に浮遊するような、そんな感覚に陥ります。

しかしながら、カポーティの凄いところは、読了後なんとなく、ドープなジャズと美味しいコーヒーをいただいたような心地にさせられるとこと、でしょうか。それは言うならば、大人の秘密、大人の快楽、大人の魔力・・・それらを距離をしっかりとったところで優雅に鑑賞しているような、特別な気分、とでもいいましょうか。

 ウェブ上には、この作品に対するさまざまなレビューがあって、それを読むのもとても面白かったです。色々な解釈を与えてくれるのも、カポーティの作品の良い所、ですね。

 

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